2015.6.6
この夏はどこにも行けなかったから、長いこと調子を崩していた。今受けている試験の事もあり、体調を崩したくなくて引きこもっていたのが裏目に出てしまった。原因はわかってはいたが、仕方がなかった。
試験については、最終面接が10月に控えているが、とりあえず山場は越えたような気がしている。週末は久しぶりに写真の展示を見に行ったり、家族と外食したり、少しだけ肩の力が抜けた。今はカフェのテラス席でココアを飲みながらこれを書いている。今日は少し風が強いけど、日差しも気温もちょうど良い。すっかり過ごしやすい秋の気候。
こんな風のよく吹く晴れた日の夕方はいつも、対馬の風景を思い出す。海岸沿いの道に落ちる木漏れ日だとか、金色に光り輝く稲穂の波などを。
もう一度見たいものがたくさんあるし、もう二度と見られないものもたくさんある。写真はいいなと思う。もう二度と見られないはずのものを、もう一度見ることができるから。
派遣元の職員さんが祖父のためにわざわざ職場までお線香を待って来てくれた。まだ四十九日が明けていない事と、初盆は来年になる事なんかを話して別れた。呼び出したお礼にとピカチュウのグミをくれた。不意打ちのうれしさで胸がいっぱいになった。もらった線香は、抱いて眠りたいほどいい匂いがする。
『水声』 川上弘美 読了
ただの幸福な家族の話し。理想に近い。お母さん、お父さん、子どもたちという枠にはまらない、自由な家族のかたち。それぞれが自立していて、甘やかさはないのだけれど、それが心地よく感じられた。
解説の江國香織さんの最後の文章に大きく頷いてしまいたくなる。そう、それが最も健全なことなんだと。そう思わなければ、人が生きていくのはあまりにもつらい。読めてよかった。
祖父が亡くなったらしい。実感がない。薄情な孫で申し訳ない。葬式にも行けないかもしれない。いつもお母さんのことだけが心配。
「わたしはママが好きだった。女の原型がママなので、嫌うも嫌わないもない。好き、とわざわざ断る必要もないくらい、好きだった。」 ー 『水声』 川上弘美 ー
yo-hitsuji